ありがとう スーパーアグリ
さて、脱力感も整理できてきたので。
やっぱり残念で、悔しいですね。
F1を見てきて最大級レベルに。
これまでの動きがあったのでショックではないんですが、とにかく残念です。
現代F1にはよくあることだとか、
プライベートチームには厳しい時代だとか、
資金的なシビアさが足りなかったとか、
そんなことは分かってます。
スーパーアグリにはホンダにもトヨタにも感じない、
一緒に戦っている感があった。
間違いなく、チームの「夢」に一緒に乗れた初めてのチームだったのではないでしょうか。
『俺達の(私たちの)スーパーアグリ』だったのです。
悪く言えば「泥臭い」ところも感じられるぐらい、
チームは「闘志」「挑戦」「夢」を掲げました。
それだけでは戦えないのがF1の現実ですが、
ファンが求めているのはカネを使って勝つことだけではないのです。
マンガ「capeta」にこんなシーンがあります。
初めてカートにのった主人公、カペタが「慣らし運転」をしていた後のライバルを追い抜けず、悔し涙とともにライバルの母親(元レーサーでレーシングチームの監督でもある)に詰め寄ります。そのときにライバルの母親が言った言葉。(関西弁です)
「どれだけええ体制と道具を用意できるか
たしかにそれもモータースポーツや
そやけど ええか それだけやないで 坊や
それだけやったら 誰が こないなもん 夢中になるかいな
それだけやない 何かがあるから
100年も人間はヤメられずにいるんやで モーターレーシング」
「断言してもええで
速いクルマを得たかて
それは 勝利に”近付く”ことができるだけなんや」
「勝利を”決める”のは 別の何かや」
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スーパーアグリにはええ「体制」や「道具」はありませんでした。
最終的に「勝利」も得られずに力尽きました。
でも、「別の何か」を感じることは出来ました。
だからこそ、あの鈴鹿での盛り上がりを生んだんだと思います。
1年目真っ白なマシン、どう見ても「アロウズ」での初走行を、
初出走のバーレーンを、
琢磨のマレーシアでの粘りの走りを、
井出やモンタニー、左近、アンソニーの苦悩の走りを、
グランドを埋め尽くした鈴鹿のファンを、
2年目の開幕戦でのQ3進出の歓喜を、
バルセロナのピットアウトを、
カナダのアロンソへのオーバーテイクを!
3年目のバーレーンでのハミルトンを抑えた姿を、
最後となってしまったバルセロナ、クルサードを抑えた何周かを、
僕らは忘れることはないでしょう。
亜久里代表、オーデットやプレストンをはじめとするスタッフ。
琢磨、デビットソン、井出、モンタニー、左近といったドライバー。
そして、ホンダ(あくまでも日本のホンダ。HRF1ではなく!)。
良い「夢」を見させてもらいました。
本当にありがとう。
そして、お疲れさま。
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惜しむらくは、やっぱり来年の鈴鹿でもう一度その姿を見たかった!
いつかどこかで「夢」のつづきを期待しています。
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